人材は育成しないのがIT推進の極意? |
[抄録]
非システムベンダー系企業におけるIT要員の育成は、従来のレガシー型システムエンジニア志向の人材育成ではなく、システムだけでなく、業務改革手法などにも幅広い知識を持ったプロジェクトマネジャ型の人材育成こそめざすべきだ。
■ 企業におけるシステムコストのボーダーライン
規模の大小にかかわらず、いずれの企業においても人材の育成というのは事業を継続的に発展させるための至上命題であることは論を待ちません。とりわけ、昨今のように、長年にわたって企業の技術基盤を支えてくれたベテラン社員たちが引退時期を迎えようとしている状況下では、次なる人材の確保は、企業存亡に関わる緊急のテーマですらあると言えます。
ヒト・カネ・モノに比肩する重要な経営資源のひとつとなった情報やIT技術についても、それを維持管理し、また、新規に構築していくためにも、IT技術に通じた人材の育成は避けては通れない重要なテーマなのです。
では、人材も重要な経営資源であるわけですから、何でもかんでも無尽蔵に求められるものではないのは他の資源と同じです。企業の規模や業況によっておのずから陣容にも制約があります。一般に、業種業態によって変動はありますが、IT関連の投資や維持運営費用は、平均して売上高の1%というのがひとつの目安となっているといわれています。必ずしも、このとおりではありませんが、おおよそ、企業の事業規模から捻出できるIT関連費用が見えてくるのではないでしょうか。
■ 企業内システム部門の実情
費用が決まれば、おのずとそれに関わる人件費も見えてきます。年商100億円の企業であればIT関連の費用はおおよそ1億円内外です。福利厚生をあわせて年間700万円かかる正社員であれば10人の情報システム部門を維持していくことにはかなりの無理があることは自明です。おそらくは5~6人といったところでしょうか。
この陣容で、既存システムの運用管理、トラブル対応、新規プログラムの開発、ベンダー交渉、社内IT推進活動をしなくてはならないとすれば、ひとりひとりは八面六臂の大活躍をしていかなくてはならないことは間違いありません。しかも、激務に耐えられる若手から中堅で、それだけの能力のある人材がそろえられればという、ほかからうらやまれるぐらいの状況があったとしての話に過ぎないことはおわかりでしょう。
■ これからの企業にとって必要なIT技術者像とは
しかも、もう一つ大きな問題があるとすれば、それは、システム要員やIT技術者の育成というのは、これまでいかにしてその分野のスペシャリストを育成するかという点に重点が置かれていたこと、そして、優秀な技術者はプログラマからシステムエンジニアへと昇っていくコースしか用意されていなかったことにあります。いわゆるホストコンピュータといわれる汎用機の時代においては、相手をすべきコンピュータは単一の汎用機ですし、プログラミング言語はほとんどがCOBOLと呼ばれる手続き型言語のみでした。そういった環境の中で、ベンダーのエンジニアに負けない知識と技術レベルを獲得すること、それは、高い外注費を負担せずに自分達のシステムを構築することができるという魅力的な道であったわけです。システム部門に配属されるや教わるまもなく実戦配備され、遅くまでプログラムと格闘し、設計から実装、運用までをひとりひとりがやりこなしながら部署の中で成長し、自社のシステム部門においては並ぶものもないスペシャリストとして君臨できたわけです。しかし、これが本当に企業にとって有用なITのスペシャリストの人材像でしょうか。
単一の汎用コンピュータと汎用言語によるシステム構築であれば、守備範囲はある程度限られてきます。しかし、こういった経験とノウハウ、技術力というものが個人に蓄積していくというのは、結局、現在多くの企業が直面しているさまざまな問題と同様に、その人材がいなくなったときのリスクは企業活動にとっては計り知れない脅威となるはずです。ましてや、オープン化の進展とともに、システムの対象となる機器やコンピュータも多様化しています。プログラム言語もJavaやオープンソースといわれるより扱いやすいものになってきたとはいいながら、多種多様になっています。こういった時代の変化を背景にして、企業におけるシステム要員に求められる技能や能力にも大きな変化が起きているのです。
■ 時代とともに変化するIT技術とIT技術者の役割
オープン化に伴う変化だけでも、IT要員の役割は多様化しています。既存システムの運用管理、トラブル対応、新規プログラムの開発、ベンダー交渉、社内IT推進活動、それに加えて、最近では個人情報の管理やセキュリティ対策、環境問題への取り組みといったテーマへも広がりを見せています。これは、企業の規模の大小に比例して大は大なりに、小は小なりに工数のかかる業務となっています。
こうなってくると、企業内のIT要員は、かつてのように特定分野のスペシャリストを志向するわけにはいかなくなるはずなのですが、実態としては相変わらず自分の得意とする専門分野を持ちたがる、あるいは、自分でなくては誰にも代わりが務まらないといわれることに自分の存在意義を見いだすような偏狭な考え方がまだまだまかり通っているようです。これからの企業におけるIT要員に求められる資質の最たるものは、企業内のニーズ、それは経営的要求や業務改革的な要求に基づくもの、それぞれの段階やレベルに応じて存在するニーズという意味です。そして、それを具現化するためのシーズ、単に情報技術的な解決技法だけでなく、問題解決のための業務改革手法や経営的優先度の判断も時には必要となるでしょう。そういった判断力を含めた問題解決技法という意味でのシーズ、この両者をうまく結びあわせて、実現に向けた社内プロジェクトを推進していけるバランス感覚と調整能力、そういったものが求められている能力だと考えます。
掲題にあるような「人材を育成しない」というのは、ある意味で極端な反意語だったかもしれませんが、これまでのようなレガシースタイルのシステム要員を育成する必要は、こと、非システムベンダー系企業においてはなくなってくることは間違いのないことでしょう。
ただ、本稿では話が及びませんでしたが、IT部門はプロジェクトマネジャー型人材ばかりでは成り立たないのも事実です。少ない要員で役割を分担しつつ、それでいながらお互いが緊急時にカバーしあえるような運営体制や情報や知識ノウハウの共有化といったテーマがそこには浮かんできます。この点については、また機会を改めてお話ししましょう。