コープソリューション2020年5月1日号掲載
新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、緊急事態宣言まっただ中ですが、この状況がいつ終焉を迎えるかは執筆時点ではまったく予想できません。
もしかすると、急転直下、感染防止対策が開発されて平常時の生活が可能になっているかもしれません。そうなると、今回の記事の半分は無駄になってしまうことになりますが、それでも喜ばしい事態です。万一、事態が継続している場合を想定して、両方の対応について考えて行きましょう。
新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、緊急事態宣言まっただ中ですが、この状況がいつ終焉を迎えるかは執筆時点ではまったく予想できません。
もしかすると、急転直下、感染防止対策が開発されて平常時の生活が可能になっているかもしれません。そうなると、今回の記事の半分は無駄になってしまうことになりますが、それでも喜ばしい事態です。万一、事態が継続している場合を想定して、両方の対応について考えて行きましょう。
■ ウィズコロナとは
すでに非常事態への対応を行っている最中だと思いますが、いわゆる事業継続計画(BCP)に感染症対策が組み込まれていたとしても、今回の新型コロナのようなパターンにまで対応できているとは考えにくいでしょう。
WHOはパンデミックを宣言していますが、国内において、感染者はその域には達していません。災害レベルの対応ではなく、その予防レベルと言うべきです。
つまり、多くの市民は基本的な衣食住についてみずから調達することを希望し、それができる環境を求めています。
ある意味で、基本的な経済活動が可能な分野があります。まさに、生協が担う日常的な食生活がそれです。
食料品を中心とした生活必需品をいかに円滑に組合員に提供し続けるか、それが生協に求められる事業継続の最大ミッションです。
同時に、組合員と役職員を感染から守るということも必達課題です。
政府や行政から求められているテレワークをはじめとする社会的距離の確保のためには、事前想定以上の対応を次々と生み出していかなくてはいけません。これが、コロナの中で事業を継続するウィズコロナです。
■ 平常時のルールからの脱却
そのために基本的な業務対応のセオリーは、ゼロベースで考えなくてはいけません。平常時にやってきたことをできるだけ継続することがBCPと思われがちですが、そうではないのです。
さまざまな業務ルールも法的、社会的規範に反しない限り縛られる必要はありません。
最たるものはテレワークでのタイムカード問題です。平常時にテレワークを導入する際には、勤務実態をどのように把握するかが障壁だったと思います。
しかし、現状においては、やるべきことが処理されている限り、それをもって勤務実態とすることが求められます。
事業活動においても、プロモーション活動は必要な情報を伝えるということに収斂する必要があります。平時であれば、あと1品、あと数ポイントの供給向上のために取り組んでいた課題も、自動化されているものは除いて、いったん見合わせ、それに投入している人時をより重要課題に転嫁すべきです。
■ 大胆な切り分けが必要
一方で強化すべき点は、リアルタイムでの情報発信です。WebやSNSなどインターネットツールを最大限活用し、店舗の営業情報や宅配の配送情報などをより綿密に伝えるべきです。店頭は掲示やポスターなどがツールですが、デジタルサイネージなどがあれば、プロモーションを止めてでも、一時的に広報ツールとすることも必要でしょう。
ウィズコロナの対応については、まだまだ、現時点では予測できない事態にも対応しなくてはいけない場面も予想されますが、組織合意を優先した逐次対応にならないよう、しっかりとしたリスクマネジメントがトップには求められます。
■ すでに始まっているアフターコロナ対応
こうして続く感染期も、いずれ収束に向かいます。今回の影響は大規模な災害に匹敵しますので、一朝一夕には回復するとは思えません。ある程度の期間や困難を伴う復興が必要になります。
その際に心すべきは、暮らしや気持ちは復旧させるとしても、ビジネスは復旧ではなく復興をめざすということです。
元に戻すとなると、せっかく苦労してゼロベースで取捨選択した業務などが意味もなく元に戻りかねません。戻すのではなく、できれば緊急対応時のレベルで日常業務が回るような方法を考えるべきです。
また、アフターコロナは、収束して始まるものではありません。すでに先進的な企業では、収束後を見据えて、一気にデジタルシフトへのスタートを切るべく、いまから対応を準備し始めています。
この部分がデジタル化されていれば、この機能が足りていればと緊急時に判明した問題点を、その時点から改善すべく準備を進めているのです。
もちろん、コロナ以前から準備していたDX対応も着々と進めています。
アフターコロナのスタートはもうすでに切られているのです。