2006年12月8日金曜日

ルールと統制が不可欠なEUC



ルールと統制が不可欠なEUC
生協の情報システムが抱える今日的課題 第9回


   西暦二〇〇七年問題が間近に迫っていることで、産業界は大いなる危機感を募らせている。いうまでもなく団塊の世代の一斉退職に伴い経験的資源が継承されないことでさまざまなノウハウが失われ、企業活動に支障を来すという問題だ。だが、西暦二〇〇七年問題は経験豊富な人材の退職という、ある種関係性や原因と結果が見えやすい問題だ。しかし、エンドユーザーコンピューティング(EUC)によって自動化され、それを構築した担当者が異動や退職によっていなくなっても、ブラックボックス化したまま部署内の業務の中枢で使われ続けているシステムほど、危険なものはないといっていいだろう。


 パソコンやオフィスなどのOAツールが進化し、より高度な処理システムがある程度の知識で構築できるようになったときに、「これまで長い時間や高い外注費用をかけてシステムの専門家に依頼してきたことはなんだったのか」という感慨を持ったEUC担当者は多かったに違いない。また、基幹システムはともかく、いろいろなツールを学ぶことで、部署内の業務をさまざまに改善できるという達成感は、担当者たちをますますEUC推進に駆り立てていったわけだ。そうして、いつしか部門業務は誰もわからないほど自動化され効率化され、EUC担当者がただひとり、その仕組みを守り続けるという状況に陥ってしまう。


 もちろん、効率化され、自動化されたことは企業にとっても決して悪いことではないし、一定の成果として評価されている間は部門長も機嫌良くEUC担当者の独走を見て見ぬふりをしていた。ただし、その仕組みが安定して稼働している限りはだ。


 情報システム部門も無責任であるわけではない。自分たちに降りかかってくるシステム化要求の一端を肩代わりしてくれるわけだし。ユーザー調整というシステム屋たちにとって一番苦手な部分が必要なくなるのだから、むしろ後押しをしていた時期もあったはずだ。


 しかしながら、いつまでも安定して動き続けるシステムというものは存在しない。どのような仕組みであれトラブルは発生するし仕様変更は必要になってくる。しかし、何とかの法則ではないが、そういうときには構築した担当者はすでにいなくなっているものなのだ。勢い、肩代わりのつけが一気にシステム部門に降りかかってくる。システム部門なのだからなんとかできるだろう。普通の管理者であればそう考えるのは間違いない。けれども、EUCで構築されたシステムというのは往々にして設計書も仕様書もない。あるのは担当者の頭の中だけというケースがほとんどだ。設計図もなしで他人の作ったシステムを修正したり改造したりするというのは、つい先頃話題になった、耐震偽装されたマンションを構造計算書もなしに耐震強度を再計算するよりもはるかに難しい作業だ。だからこそ、システム部門や外注ベンダーは時間や費用はかかるものの、確実に設計書を作成した上でシステムを構築し、かりに構築した担当者がいなくなっても、後任の担当者が同等の知識を持ってトラブルや仕様変更に対応できるように、人的体制と整備されたドキュメント類を維持していくことになっている。このことは、企業が存続していくために必要な基本的な考え方として、今後数年のうちに我が国においても法的整備が進むといわれている日本版SOX法やISOの品質管理などによる企業内マネジメントの一環として、情報システムに限らず、あらゆる業務の標準化、ドキュメント化が要求されてくることにもつながってくる。


 EUCが企業内の部署レベルでの業務改革に果たした功績は決して否定されるものではないが、業務システムの中に地雷か時限爆弾を抱え込むようなEUCにしては意味がない。本来は企業内統制が充分で、ルールとコントロールの下で活用されればEUCは大きな力となるだろう。


 もっとも、部門の責任者のみなさんには、いざとなればEUCで構築された仕組みを使わなくても、緊急避難的に業務を遂行できる「避難経路」を常に確保しておく慎重さを期待したいものだ。

(コープソリューション 2006年10月号掲載)


2006年11月4日土曜日

エンドユーザーコンピューティングの光と影



エンドユーザーコンピューティングの光と影
生協の情報システムが抱える今日的課題 第8回


 パソコンの普及は、情報システムの姿を大きく変化させる契機ともなったわけだが、その一つの推進力となったのがEUC(エンドユーザーコンピューティング)の潮流だろう。かつて、OAと呼ばれたひとつのブームがあった。それまで、コンピュータはガラス張りの専用室に安置されて一部の専門家だけが触れることのできる「神聖」な装置だった。一般の人たちは、紙テープやパンチカードといった入力媒体でデータを提供し、大量のアウトプット帳票で結果を享受するというスタイルが通常であった。ところが、入出力端末が登場し、事務所内に設置できるオフコン(オフィスコンピュータ)が登場しはじめると、次第にコンピュータは身近な存在となり、大型コンピュータへの情報の出入り口に過ぎなかった専用端末に処理能力が付加され、現在のエクセルの簡易版ともいえる表計算ソフトや、アクセスの簡易版のようなデータ処理ツールが搭載されることによって、一気にOAブームが到来したのだった。


 すでに、70年代にはマイクロコンピュータ、いわゆるマイコンが登場し、表計算ソフトの元祖といわれるビジカルクなども存在はしていたが、どちらかといえば研究用かホビーの世界であり、業務用としては大型機の端末機から派生したオフコンとそこに搭載されていたOAソフトが重用されたようだ。生協関係では、日本電気のLANシリーズというOAソフトが数多く導入されたようで、現在でも使われているところもあるという話も聞いている。


 OAブームがもたらしたものは、これまで専門家が管理していたコンピュータを、専門家でない人たちがある程度の学習で使うことができるということだろう。そのことじたい業務システムや既存の情報システムを根底から覆すほどの実効性はなかったが、手書き、電卓計算があたりまえの業務だったホワイトカラー層に、もはやコンピュータが自分たちの手の中にあるという事実と、それによって実現できる業務改善の可能性は、大きな意識改革をもたらしたという点においてはきわめて重要な転換点だったのではないか。


 しかも、このOAの流れは、それまでコンピュータのすべてを掌握してきた情報システム部門にとっても、大きな福音をもたらすものでもあった。この流れは、本来、パソコンの浸透とネットワークの広がりを待って起きるべきものだったはずだが、業務レベルの要請は、そういったコンピュータ技術の進歩をしのぐ勢いで高まっていったからだ。これまで、コンピュータに対するインプットから最終的なアウトプットまで、すべての形式や業務の流れ、帳票のデザインといった部分まで情報システム部門が統括し設計しプログラミングして提供するというのが当然の職務だった。しかしながら、OAやEUCへの流れは、インプットはデータで渡す一方、アウトプットもデータで提供してもらってエンドユーザーがOAツールで自由に加工して最終形態を作り出すという方向に動き始めたのだ。


 これによって、情報システム部門はインプットアウトプット設計と呼ばれるシステム構築でもっとも重要でかつ複雑な対エンドユーザー部門との調整作業から大きく手を引くことができるようになった。エンドユーザーにしても、ちょっとした表示変更でもいちいちシステム担当者のご機嫌をうかがいながら依頼し、コストを負担し、充分に待たされるというストレスから解放されたわけで、EUCはまさに輝ける一大構造改革のように思われた。


 けれども、すべての物事には光と影があるように、このEUCにも大きな落とし穴があることがようやく知られるところとなった。いや、実際には業務の中に埋没してしまって、このきわめて危険な状況は多くの管理者層からは見えなくなってしまっているのかもしれない。情報システム部門でも危機感を持って対策を考えているところもあるようだが、EUCの歴史や取り組みの長い組織ほど、もはや手のつけられない状況に陥ってしまっている。(以下次号)

(コープソリューション 2006年9月号掲載)


2006年8月11日金曜日

ノーツ時代の終焉と新たな情報系システムへの模索



ノーツ時代の終焉と新たな情報系システムへの模索
生協の情報システムが抱える今日的課題 第7回


 グループウエアのノーツを導入したコープこうべでは、その基本機能のひとつである電子メールを積極的に活用することで組織内の情報伝達が大きく進化した。しかし、電子メールだけでは一対一、ポイントツーポイントの情報伝達に終わってしまう危険性をはらんでいたため、同時に電子掲示板も活用をはじめ、一気に情報流通を加速することができた。また、一部で実験的にワークフローも導入して業務処理の効率化も進めていた。

 こうしたコープこうべの動きを受けて、日本生協連でもノーツを導入し、また、コープこうべをはじめ関西を中心に結成されていたKネット連帯機構でも、相互の情報伝達手段としてノーツを採用したことなどから、全国の生協へもノーツ導入の気運が高まり、二000年頃には生協全体のなかでノーツがデファクトスタンダードのグループウエアと位置づけられるまでになっていた。

 ところが、ノーツというグループウエアはもともと大規模な組織に対応できるように、カスタマイズ(改造)することを前提として提供されているパッケージソフトで、標準で機能するものといえば電子メールと簡単な掲示板だけだった。機能としてはきわめて高度なものを有してはいたが、それを活用するためにはかなりの熟練した要員や外部ベンダーの支援を受けなくてはならないのが実態であり、それは現在のバージョンでも変わってはいない。そのため、ワークフロー機能なども本格的に活用されはじめたのは導入開始後5年近く立って日本生協連の商談システムなどに活用されたに過ぎず、単に高価な社内電子メールシステムとして現在も使い続けられている生協も多いと聞く。電子メール機能などはWindowsに標準で添付されているものでも充分であり、掲示板システムにしても、もっと高機能なものが無償で提供されている。また、すでに国産パッケージでは、最初からさまざまな機能やサービスを内蔵したグループウエアとして、サイボウズやデスクネッツがあり、日本生協連の共済部や大手生協の関連会社の社内システムとして成果を上げている。ただ、ノーツを導入した生協には最初に出会ったグループウエアとしてノーツに思い入れの強い職員も多く、ノーツ以外は検討の余地もないという姿勢を貫いているケースもあるようで、本来、業務改革、組織革新の情報系ツールとして位置づけられるべきグループウエアが、かえってそれを阻害してしてしまっているという。本当であれば本末転倒といわざるを得ないであろう。

 最初にノーツ導入の決断をした人間がいうのは、はばかれるかもしれないが、時代の変化によって常にその時点での最適解は変わっていく。Webシステムがここまで情報系システムの基幹となってきた現在にあって、パソコン側にプログラムを必要とするクライアントサーバ型設計とさまざまな改善はされているが、インターネットやWebアプリケーションとの操作面の違い、利用者ごとに約一万円あまりというライセンス料などを考えるとき、そろそろノーツを見直す時期にきているといえるのではないだろうか。

 では、これからの情報系システムはどういったものを考えるべきなのだろうか。基本的には、朝出勤してパソコンを立ち上げたときに最初に必要な情報やスケジュールなどが一覧できる情報の玄関口ともいえるポータル(EIP)が表示され、そこからさまざまな業務が開始できるというのが先進的な企業では標準的なビジネススタイルとなりつつある。専用のソフトがあるわけでなはなく、多くがオープンソースといって無償で提供されているWebアプリケーションを組み合わせることで実現可能なものばかりだ。特にこれからはXOOPS(ズープス)などのコンテンツマネジメントシステムをポータルとし、掲示板や電子会議室としてブログやSNSを活用することを考える必要があるだろう。ブログやSNSというと、一般ユーザーが使うもので、企業がビジネスで使うものではないと思われるかもしれない。しかし、今や時代は一般ユーザーが使えるものだから企業でも活用できるという考え方が当たり前となりつつある。まだまだ発想の転換は必要なのかもしれない。

(コープソリューション 2006年8月号掲載)


2006年7月10日月曜日

パソコンとネットワークの融合



パソコンとネットワークの融合
生協の情報システムが抱える今日的課題 第6回


 かつて第一次といわれるパソコンブームがあった。およそ十年少し前だろうか、いわゆるWindows95が登場してWindowsがパソコンOSのデファクトスタンダードになった時期だ。すでにインターネットという言葉は一般化していたし、情報システムの世界でもキーワードは「ネオダマ」(ネットワーク、オープンシステム、ダウンサイジング、マルチメディア)といわれていた時期だ。いくつかのキーワードは既に死語になってしまったほどITの世界の流動化は進んでいるのだが、このキーワードの先頭にあるネットワークこそがこの後の十数年で世の中の様相を大きく変化させたものであるし、その変化は、今も、ますます勢いを増して続いている。

 ただ、当時はまだネットワークといっても特殊な業務専用のデータ通信に過ぎなかった。家庭においてもパソコンの多くはカバーが掛けられたまま放置されていたし、ビジネスにおいても専用ワープロに表計算機能が加わった程度で、メールやファイルサーバという機能は、まだ一部の恵まれた人々の特典だった時代だった。

 考えてみれば当然のことだが、パソコンをワープロとして使うだけであれば、単なる清書機だし、「最近は伝言メモもワープロ打ち」などという川柳があったほどで、高価な割に経営に貢献していたとは言いがたい面の多かったパソコンだった。

 しかし、この一台一台ではワープロ付き卓上計算機だったパソコンがビジネス全体を変貌させ始めたのは、ネットワークによって結び合わされ、集合知を共有するようになってからだ。たまたま、生協というひとつのビジネス世界において、ネットワークがパソコンを大きなビジネスツールに変貌させる局面に立ち会えたことは、わたしの中でも大きな経験となっている。

 それは、12年前の阪神大震災の直後からはじまった。

 我が国においてインターネットという言葉が一般化した契機となった阪神大震災だったが、生協においても最大規模のコープこうべが甚大な被害を被っただけでなく、神戸を拠点に次世代の生協の情報システム構築をめざして進められていたC-TOPIAプロジェクトも一時中断のやむなきに至った。震災で本部ビルの倒壊とホストコンピュータをはじめとする情報システム基盤のほとんどを消失したコープこうべでは、本部機能が協同学苑など三カ所に分散するという、一歩誤れば組織の機能不全にも陥りかねない事業環境の中で震災からの復興に当たらなければならなかった。

 情報システム部門の復旧も、事業分野において全国からの必死の応援に支えられたのと同様に、日本生協連やC-TOPIAプロジェクトの協力生協の支援、そして多くのコンピュータメーカーが、コープこうべ復旧のために全国から最優先で資材や人材を集めてくれたことで、5月頃には基幹システムの復旧に光が見え始めていた。

 しかし、いったん破綻した業務のワークフローを再構築することは容易なことではなかった。ワークフローを変更するということは平常時でも大変な労力を必要とする。ましてや復興の中で平常といえるものがほとんどあり得ない中、なによりも関連部署間、本部と第一線の共同作業がどれだけ円滑に行われるかがポイントになる。そのためには徹底した情報開示とコミュニケーションが要求された。

 どうすればそれが実現できるのか。ツールはいくつもあった。分散した本部間にはテレビ会議システムも試験的に導入されていたが、ほとんど利用されていなかった。

 コープこうべは決断した。それは、基幹システムとは別に本部と全事業所を結ぶ情報ネットワークをパソコンで再構築する。本部スタッフには可能な限りひとり一台のパソコンを配備する。そしてなにより重要だったのは、情報系の基幹システムとして電子メールやファイル共有だけでなく、ワークフローの構築までを可能とするグループウエア、しかも、当時、世界標準であったロータスノーツおよそ二千ライセンスを一千台を越えるパソコンとともに各事業所と本部職員に配布したのだ。

(コープソリューション 2006年7月号掲載)


2006年6月10日土曜日

電算処理からIT化への転換



電算処理からIT化への転換
生協の情報システムが抱える今日的課題 第5回


 かつて情報システムは、電算処理と呼ばれた時代がある。そう古くない話だし、現在も電算という言葉は使われることが多い。いわゆる電子計算機が処理をすることからできた言葉だが、現状もデータを処理することが業務の中心だけにあながち時代遅れの表現とは云えないかもしれない。

 ただ、今日の情報システムあるいはIT部門に求められていることは、情報の処理だけだろうか。もちろん、大量のデータの処理なくしては生協の共同購入のように大量のシステム処理がビジネスモデルの中核をしめる業務は成り立たない。定型化された大量の業務処理を高速かつ正確に処理すること、これは云うまでもなくコンピュータがもっとも得意とする分野だ。しかし、それはEDPという言葉でも定義されるとおり、電子計算機によるデータ処理であり、ITと呼ばれる情報技術、特にその中でも求められている情報活用技術とは違った世界であることを理解しておく必要があるだろう。

 ところで、ここ数年のITの浸透の中でも、企業組織において活用されている分野とそうでない分野とが特徴的に現れてきていることにお気づきだろうか。まず、活用されている部分、それは、マイクロコンピューティング、すなわち、従来のホストコンピュータの処理機能の一部や、フロントエンドと呼ばれる入出力、データ加工と分析をパソコンやサーバコンピュータ上で利用者が自由に扱えるようになったITのひとつの展開形だ。
 おそらく、今日においてパソコンを活用していない生協は皆無ではないか。それは生協に限らず、あらゆる企業においてもそうだろう。パソコンといえども、その能力を集めれば、大型ホストコンピュータのそれを大きく凌駕することは、グリッドコンピューティングの例を見るまでもないことだ。これによって、ホストコンピュータへの一極的な投資が削減され、処理とはいえコンピュータ活用の自由度が高まり、新しい発想や可能性を生み出した効果は侮れないものがある。ただ、それがこれまでのデータ処理機能を分散したという意味だけに、そのことだけを諸手をあげて評価はできない。

 もちろん、パソコンの導入の目的はデータ処理だけでないことは云うまでもない。しかし、一時期のOA化の波が過ぎ去ったあとでは、単にワープロや表計算で資料を作るためだけという名目ではパソコン購入の社内稟議もなかなか承認されなかっただろう。ましてや、後述する情報活用や情報共有という成果や形として表しにくいものではなおさらだ。 そういったときに、たとえば、ホストコンピュータへの入力端末として高価で他に利用価値のない専用端末装置の代わりに安価で勝つよう範囲の広いパソコンを導入するといえば、明らかに決済も得やすい。

 ただ、いずれにしても、パソコンは今や生協の本部だけでなく、共同購入センター、店舗などあらゆる事業所に必ずといっていいほど設置されている。そしておもしろいことに、それらのパソコンが単独で設置されているケースがほとんどないと云うことだ。ここで云う単独でないとは、決して複数台という意味でないことはおわかりだろう。まずほとんどの場合、パソコンはネットワークで接続されている。なぜだろうか。インターネットにアクセスするため?業務でそれほど頻繁にインターネットにアクセスする必要のある部署はそう多くはないだろう。一番考えやすいのは、ホストコンピュータからのデータを受信したり、入力データを逆に送信したりするためだろう。おそらく、そういう理由を付けて導入したケースも多かったのではないか。しかし、このネットワークこそが、パソコンを本来の意味で経営資源とするためのきわめて重要なファクターであることを次回ご説明させていただきたい。

(コープソリューション 2006年6月号掲載)


2006年5月10日水曜日

不統一なコード体系が事業統合を阻害する(続き)



不統一なコード体系が事業統合を阻害する(続き)
生協の情報システムが抱える今日的課題 第4回


 前回、事業や業務の基本となるコード体系が生協内で不統一である弊害を説明した。では、その原因はなんだろうか。これまでも多くの関係者から話を聞いたが、共通して感じる点は、生協関係者の余りにも世間を知らない、という点だろうか。決してわたしが熟知しているというわけではない。しかし、生協は特別という意識がどこかにあるのだろうか。一般の小売業や通販業界との交流は余りにも少ないのではないか。生協といえども店舗を持っていれば小売業の一角であり、共同購入もある種の通販業あるいは訪問販売業だ。そういった業界には大小さまざまな企業が存在し、その業界ならではの標準も存在する。 ところが、生協関係者には、自分達はどこかそういった業界から超越した存在であるかのような意識があるのかもしれないが、積極的な交流を持っているという話はあまり聞かない。


 前回触れたような流通情報の研究プロジェクトや共同仕入団体の会合に参加する機会に恵まれた。そういった場で、生協の関係者と交流を持ちたいが、なかなかそういうチャンスがないとよく言われた。


 もちろん、日常的に商談や仕入という場面ではメーカーや卸との交流はあるだろうが、それはあくまで売り手と客という立場であって、対等に交流する場面ではない。そういうつながりの中で、たとえば商品の分類体系について客である生協側から独自のコード体系を使うように云われれば、ベンダーやメーカーはそれに従わざるを得ないだろう。例え、もっと適切な体系が業界内で標準としてコンセンサスを得ようとしている段階であってもだ。


 例外がないわけではない、生協において売り手と買い手の立場が逆転する唯一のケースが卸問屋としての日生協からの商品仕入だ。この場合だけは、生協の側が日生協のコード体系や仕入システムに自社のそれを合わせざるを得ないという現実がある。このことで日生協を批判するつもりはないが、そこまで仕組みを押しつけるのであれば、もう一歩進めて、生協内のコード体系や取引システムの統一まで強引に推し進めてもらった方が生協全体のためになる、と思わないこともない。


 生協内に限定することなく、流通小売業という範疇で、関係する企業や業界団体とも協力してコード体系や業務システムの標準化、統一化をすすめることが、生協が流通小売業というカテゴリーの中でその存在価値を大きくしていく上でも必要であることは云うまでもない。その方策のひとつとして、業界他団体と協力して標準化のための検討機関、標準化センターのようなものを立ち上げることも必要だろう。


 もうひとつ、コード体系や取引システム、業務システムの標準化を円滑に進める原動力となる存在は、やはり情報部門だ。情報部門が常に標準化動向を把握し、現状システムの改変や新規開発においてもそのことを意識しておくことが肝要だろう。事業部門からの分類コード変更の要望に、多大な手間とコストばかりをかけて、渋々引き受けているような川下意識ばかりでは、情報部門は標準化の恩恵を受けることをみずから放棄しているようなものだ。


(コープソリューション 2006年5月号掲載)


2006年4月10日月曜日

不統一なコード体系が事業統合を阻害する



不統一なコード体系が事業統合を阻害する
生協の情報システムが抱える今日的課題 第3回


 今でこそあたりまえのことだが、二十数年前に生協としてははじめてPOSシステムを導入した当時は、ソースマーキング率といって、どれだけの商品にバーコードが印刷されているかが重大な関心事だった。POSシステムの基本は商品にバーコードが印刷されていることを大前提として単品管理を実現しようとしていたからだ。すべての商品にバーコードという統一されたコードが印刷されるようになって小売業の情報革命が始まったといっても過言ではないだろう。


 どこかの大企業だけが取り組んだことではなく、メーカーから小売りまでが一体となって同じ規格、同じ基準でのコード作りをしたことで、今日、規模の大小を問わず、全国あらゆる小売り現場での商品の売れ行きや動向、発注から仕入、販売にいたるまで、あらゆる商品が単品として把握できる時代となっている。さらには、全国規模でのマーケティング情報などの分析も可能にしている。


 実際に、流通情報の研究機関を中心とし、メーカー、卸、小売が参加した大規模なプロジェクトにおいて、D社、J社などに互して関西のある生協のPOSデータが全国の商品動向のサンプルデータとして比較検証された時期もあった。


 では、POSを切り口とする店舗事業のデータよりも生協としての事業規模の大きい共同購入における商品動向はどのように把握されているのだろう。わたしも、先に述べたプロジェクトに参画していたが、モニター調査の中にPOSデータから分析しきれない影のような家計支出があり、おおよそそれが生協の共同購入によるものという分析がされてはいたが、その内容は杳としてはかりきれなかったという経験がある。


 その原因は共同購入における商品の管理コードが生協ごとに千差万別で、POSで使われるJANコードのように、世界中で一意にその商品にひもづけられているものではないことがあったからだ。そのことは、今日においても変わってはいない。


 情報システムの設計や構築において、何よりも重要視されるのは、データの構造を決めるコード体系だ。商品を例にとれば、管理する最小単位である単品のコード、そしてそれをカテゴリーとしてとらえる商品分類、業務組織の構造までを含めた部門の体系を考案し、その中で供給高や利益を管理する単位をどこに置くか、それをどうやってコントロールするかということを明確に決めることで作るべき情報システムも明かとなり、業務運営のルール、コントロールの手法、果ては人員管理から評価制度といった人事政策までが定まってくるきわめて重要な要素といって間違いない。


 残念なことに、コードを設計するということにそれだけの重要性があることを充分に理解しながら情報システムなり業務システムを構築している生協はそれほど多くはない。しかも、コードの体系は、その適否はともかくとしても、生協の数だけ存在するといってもいいほど不統一に存在している。このことが、事業連合や事業統合において、どれほど大きな阻害要因になっているかは計り知れない。日本生協連を中心に、会計基準や会計管理の基本コード体系である勘定科目コードなどは、一応、生協標準的なものが以前から存在してはいるが、それでもまだ、生協ごとに管理レベルの差もあって完全に統一されている状況ではない。


 他の業種においては、業界団体が主導となって、規格やコード体系の統一が当然のごとく行われている。規格の統一が時に大きなビジネスチャンスをもたらすものにもなり、また、次世代DVDなどのデジタルメディアに見られるように、消費者にとっても統一されるかされないかが大きな影響をもたらすものにすらなってきている。生協は、いつまでこのような規格やコード体系の不統一を放置し続けるのだろうか。(この項つづく)


(コープソリューション 2006年4月号掲載)


2006年3月10日金曜日

生協に求められるITのスキルスタンダードとは



生協に求められるITのスキルスタンダードとは
生協の情報システムが抱える今日的課題 第2回


 前回に引き続きIT要員について。今、IT業界ではスキルスタンダードという考え方が盛んに云われている。技能標準とでも云おうか。年代や熟練度に応じてこういった技能を持っていることが望ましいという考え方をより基準を明確にして、具体的に記述したものだ。生協のIT要員もこれまではこういった業界の標準におおむね準拠した形でプログラマからシステムエンジニアへという道を歩んできた時代もあった。


 それを可能にしてきたのがホストコンピュータの存在だろう。最近でこそパソコンやサーバコンピュータの進出は企業におけるITのあり方を根底から変えることとなったが、こういったコンピュータは、いわばスポーツカーのようなもので、少量のデータを高速に検索したり登録したりといった作業にはきわめて大きな力を発揮する。しかし、生協の共同購入には大量の注文データを様々な形に並べ替えたり集計したりという作業、ダンプカーや貨物列車が、小回りはきかなくても大量輸送に適しているように、一日数回で構わないけれど、大量のデータを一括して処理できるような巨大なコンピュータシステムが必要だ。ホストコンピュータによる巨大バッチ処理が生協という事業モデルの中核のITシステムとなっているのだ。


 ホストという単一のコンピュータによってほとんどの業務が行われてきたことから、IT要員の最大の使命は、ホストコンピュータの知識や技術を自分のものとして磨いていくことにあった。メーカーのエンジニア達の指導を受け、周囲には同じ道を歩んできた先輩達もいて、あたかも職人の世界に弟子入りしたかのように、目標は先輩達に負けないように、メーカーのエンジニアに一歩でも近づくようにホストコンピュータの操作からプログラミングの知識や技術を磨き続けていったわけだ。


 しかし、最近のコンピュータ事情は大きく様変わりしている。パソコンやサーバコンピュータはウィンドウズという基本プログラムが主流だが、その上で動いているミドルウエアと呼ばれるプログラムの中核になるシステムは数も多く、しかも数年で標準といわれるものが交代していくという変化の激しい世界だ。どれかひとつを数年かけてマスターしたころにはすでにその知識は陳腐化している場合も多い。


 メーカーのエンジニアは、自社製品が中心で、製品戦略的にもかなり先までのロードマップを作って社員教育を行っているが、ユーザー企業である生協の場合は、それぞれの業務用途に応じて最適な製品を選択することが求められるので、とてもこれまでのように数年をかけて内部要員を職人に育てているような時間的な余裕はない。もっとも、そういったジレンマからか、製品の選択権を放棄して、特定のメーカーに完全に依存してしまっている生協もいくつか知っているが、前回の規模の問題をクリアできない以上、それもある意味で賢明な戦略といえるのかもしれない。


 こういう状況下で、一般の中堅ユーザー企業は、技術的な部分はおおむねメーカーの支援に任せて、内部IT要員は業務システムとIT技術の橋渡しに徹するべきだという意見が多い。もちろん、ITに関する知識がまったくないのでは問題だが、それは最初の数年で充分に習得できるものだ。今、コンピュータメーカーの人材育成の課題は現場力だと云われている。メーカーだけに技術はなんとかできても、依頼先の企業の業務システムの実態を的確に理解しシステム化プランを構築できる人材がメーカーでも不足しているという。生協においても同様ではないか。「現場」を理解できずに素人に毛が生えた程度の技能や経験に慢心して、井の中の蛙になっているIT要員のなんと多いことか。


 彼らの仕事はITの専門家となることではなく、業務とIT、現場と支援メーカーを橋渡しして最適なITシステムを構築させ、きっちりと活用させていくことであり、それが最大の存在価値であるように思える。


(コープソリューション 2006年3月号掲載)


2006年2月10日金曜日

生協に存在しないプロジェクトマネジャー



生協に存在しないプロジェクトマネジャー
生協の情報システムが抱える今日的課題 第1回


[前提]
 二十数年にわたっていくつもの生協の情報システムに関わり、最近はITコーディネータとしての立場から生協の事業と情報システムの関係についても検討をすすめてきた。その観点から、連合の時代を迎えた生協グループのシナプスともいえる情報システムが抱える数多くの課題について言及する。



 システムなしでは運営不可能な共同購入という事業を中核とする生協では、一般の小売業よりも高い事業高あたり一%程度のシステム経費が必要だといわれている。二百億円の事業高の生協であれば年間のシステム経費はおおよそ二億円必要になるということだ。これには機器の費用から消耗品、そしてシステム要員の人件費も含まれている。外部委託費用を除くと情報システム要員は三~四人しか確保できないことになる。この陣容でホストコンピュータを運用管理し、業務システムの調整を行い、改善や変更要望に対応し、パソコンが壊れれば駆けつける。このような状況で時代の変化に対応した生協のビジネスシステムをIT面から支えるための企画立案や、実作業はベンダーに委託するにしても、業務ラインからの要望をとりまとめて新しいシステムの全体構造を作り上げていくプロセス、これを最近では多くの場合、関連するラインスタッフやベンダーも交えてプロジェクト方式で構築作業を進めていくことが多いのだが、このプロジェクトをまとめていくマネジャーとなる人材が、この規模の生協の情報部門から育ってきているとは考えにくい。


 これまでのような単協規模でのシステム開発であればまだしも、事業連合が各地に生まれて、業務システムの見直しや統合が始まっている現在、IT分野においてもこれまでにない大規模なシステム開発が必要となってくる。ところが、生協関係者からも、億円単位のシステム開発を担えるプロジェクトマネジャーが存在しないという危惧の声が挙がってきている。


 十人にも満たない組織のマネジメントしか経験したことのない単協のシステム要員に、どうしてベンダーも含めて数十人規模のプロジェクトのマネジメントができるだろうか。少人数で業務システムを支えていくために、良く言えばプレイングマネジャー、悪くいえばいつまでも一作業者にならざるを得ない状況。しかし、それはどうやって部下に仕事をさせるかというマネジメントの基本とは相反するやり方でしかない。


 システムベンダーでは億円単位のプロジェクトに参加する経験を若いときから積み上げて、はじめてプロジェクトリーダーやマネジャーになれる。そういったベンダーSEに対して、連合化によって事業規模や投資する資金だけは大きくなったからといって生協のシステム要員がすぐに大規模プロジェクトをコントロールできる人材に化けるはずはない。事業規模だけが大きくなって、業務システムが追従できないために混乱を招いた例は、ここ数年でも枚挙にいとまがない。


 一方、中国地方のとある生協のように、システム経験のないプロジェクトリーダーを擁立してベンダーに主導されながらもラインスタッフなどをとりまとめて店舗システムを混乱なく構築した例や、近畿の生協でシステム部門中心だがラインも積極的にプロジェクトに参加し共同購入の受注情報を一元化して首里コストの大幅削減と第一線のマネジメント改革を行った例など、成功例もないわけではない。


 事業連合時代の情報システムに求められているのは、システム要員の技術力ではなく、ラインの要望をもとにシステム全体をイメージし、それをベンダーに的確に伝えて具体化するコーディネート力と、計画通り完成させ、実際に業務システムとして機能し、所期の成果を上げるところまでおし進めていけるプロジェクトマネジャーとしての能力なのではないだろうか。


(コープニュース 2006年2月号掲載)


2006年1月9日月曜日

スマートフォンはモバイル端末の切り札になれるか



スマートフォンはモバイル端末の切り札になれるか


[抄録]
 パソコンを小型化したPDAが衰退する一方で通信機能を基本とし、携帯電話から進化してきたスマートフォンがこれからのモバイル端末の主流となる可能性は高い。今後各社から登場するスマートフォンに注目するとともに、スマートフォンをベースとしたビジネスモデルの検討も進めていかなくてはならない。



■ わたしのモバイル端末の遍歴


 これまでに使ってきたPDA(携帯端末)としては、電子手帳型のものもありましたが、NECのモバイルギア、DocomoのシグマリオンⅡなどキーボードタイプのものが多かったように思えます。ただやはり、常時持ち歩くには多少かさばるのが難点で、しかも、最近でこそ電車の座席でパソコンを広げる人も多くなってきましたが、たかだか10分程度の移動では、わざわざ広げようと思わない、その一方で携帯電話でメールも事足りるので、とパソコン持ち歩き族にもなれなかったというのが、ここ数年のわたしのモバイル生活です。


 もっとも、携帯電話ではメールもそこそこですし、スケジュールや住所録なども管理し切れません。そこで愛用していたのがZaurus SL-A300というリナックスZaurusではもっとも小型の(低価格の(^^;)機種で、ほとんど電子手帳というスタイルですがパソコンのデータとシンクロできてOutlookのスケジュールから住所録まで持ち歩くことができるというスグレモノです。


■ PDAの衰退とスマートフォンの登場


 ところが、最近のPDA離れは、SL-A300どころか、大型のZaurusの後継機の発売も危うくなってくるほどで、A300の後継機などあり得ない状況になってきました。しかも、A300にもPHS通信カードは装備できるのですが、いまさらこの機種に投資をしてもいつまで保つかどうかという局面になってきました。この背景には、携帯電話の高度化とパソコンの携帯性の向上というPDAを上下から挟み撃ちにするという環境からもたらされたものです。


 特に携帯電話では、すでに欧米では普及しはじめていましたが、スマートフォンと呼ばれるPDAにほとんど近い機能を持った携帯電話が登場しており、日本でも、ボーダフォンがこの機種を輸入して発売していたり、DocomoがM1000という米モトローラ社の機種をFomaとして投入したりしていましたが、ハードそのものがZaurusなどの国産製品に馴染んだ我々からするとおおざっぱな作りや機能的にも今ひとつ汎用性がないなどの点があってブレイクしきれずにいたわけです。


■ ついに登場したPDAを超えるスマートフォン


  そこへ、PHSキャリアで、これまでもAirEdgeなどの通信カードで高いシェアを持っていたウィルコムが国産ハードウエア、それもZaurusで鍛えられた技術力を持つsharp製の純国産スマートフォンとしてW-Zero3をPHS+無線LAN機能搭載機として、しかも、OSはWindows Mobile5.0というデファクトOSからWord、Excel、PowerpointといったMobileOfficeを搭載して投入してきたのが、このW-Zero3です。


昨年12月14日に発売されたW-Zero3ですが、発売当日入荷分はほとんどの店舗で予約で完売状態。それ以降の入荷も見込みがつかないということで、ほとんどの量販店で予約すら受け付けないという状況で年末を迎えました。わたしも、ヨドバシ梅田店、ビッグカメラ難波店をはじめ、通勤経路上にある量販店に足を運びましたが、どこも売り切れ、入荷予定不明という張り紙があるだけという状態が続いていました。


 先週末の6日に、半ばあきらめながらビッグカメラ難波店を訪れました。やはり売場には展示機ひとつもなく、ポスターは貼ってあるだけで店員も客もその周囲には誰もいませんでした。やはり今日もだめかと思いつつ、通りかかった店員に入荷の予定はあるか、と問いかけますと、在庫があります、という返事が返ってきたのです。どうも、当日の午後になって数台の入荷があったそうで、さっそく購入することにしました。


 まだ、無線LANの設定などはできていませんが、PHSでのインターネットアクセスなどはなかなか使い勝手が良く、期待できそうな感じです。


 発売当初からの盛り上がりぶりからして、今後、供給が安定してくる1月下旬以降、販売台数も大きく伸びてくることは間違いないと思います。そうなると、日本国内でのスマートフォンとしてはじめて一定のシェアを確保することもあり、スマートフォン市場そのものが活況を呈してくることも充分に予想できます。あとは、スマートフォンをもっと便利に有効に使えるためのソフトウエアの充実やスマートフォンを活用した新しいビジネスモデルの検討が進んでくることが必要になってくると思います。


 課題はいくつもありますが、今後のスマートフォンの動向をしっかりと見極めていく必要があるのではないでしょうか。