2019年12月1日日曜日

DXの処方箋[連載第51回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年11月1日号掲載

 DX(デジタル・トランスフォーメーション)、その重要性は、もはや国家的命題といわれるまでになっています。生協に限らず、様々な企業の経営層からは、DXの必要性や重要性については理解できているつもりでも、いざ、自分のところに展開するのに、どうすればいいのかわからないという声も聞かれます。
 「2025年の崖」、その対応はもう待ったなしの状況です。どう対処すればいいか、今回は概念論ではなく、自社において具体的な対応を進めるための処方箋をご提示しましょう。 
 今回は、経営層の方に読んでいただきたい内容ですが、もちろん、それ以外の方で、社内のDX推進に関心がある方は、これを参考にトップへの説明や説得にご活用ください。

 来たるべき「2025年の崖」。壁であればそこで立ち止まれますが、崖ともなると奈落への転落あるのみです。経産省がいかに強烈な危機感を持って名付けたかがうかがえます。
 DXの必要性や自社の状況については、経営層のみなさんであれば、一定の自覚と認識はお持ちでしょう。
 しかし、認識や自覚はあれど、まだ数年の猶予があるという考えでは問題です。
 DXは、システムや機械をお金で買ってくればいいものではないのです。全社的な意識改革、構造改革、そして、事業改革が必要なのです。

■ まずはトップが腹をくくる

 DXへの取り組みは、担当の部署を決めたり、担当者を任命しただけでは決して進みません。
 それでは、社内の多くの認識は、せいぜい年度方針、事業方針という受け止めです。
 ことの重大さをトップみずからが腹をくくって、全社に対して説得をし、意識を変えることが最初にすべきことです。
 それには、自社の状況を調査・分析し、5年から10年後をシミュレートしてみるのがいいでしょう。おそらく、そうした未来志向的な社内プロジェクトは存在するかもしれません。しかし、そうしたプロジェクトの多くは、現状の延長線上で悲観的ではない未来を描いてしまいます。

■ 全社横断型プロジェクト

 DXを推進する上で、次の5年、10年を考えるプロジェクトは決して意味がないわけではありません。
 ただし、トップの危機意識をしっかりと共有したうえで、企業が生き残り、さらに発展するための方策を検討できる全社横断的なプロジェクトを立ち上げる必要があります。
 また、プロジェクトまかせではなく、トップみずからも参加しましょう。
 プロジェクトの性格は、答申型ではなく、起案から実行までやり遂げる、完結型であるべきです。
 参加メンバーは、社内の部署責任者ではなく、部署を動かす力と権限を持った、次世代を担う人材を結集します。
 部署の責任者は、どうしても組織に責任を負う意識が先に立ちます。彼らを排除するわけではなく、プロジェクトメンバーをバックアップする側にまわってもらうべきです。

■ 温度差への配慮とワクワク感

 部署ごとの温度感にも注意が必要です。人事・経理といったレガシー系の部署は、DXからは縁遠い感じがありますが、人事であれば、テレワークやWeb会議の推進、eラーニングの展開といった、DXの基盤ともなる課題の推進役になれますし、経理もRPAによる業務の自動化を先行させることで、全社的な定型業務の削減の先導役ともなれます。
 現業系部署は、長年の改革トレンドに疲弊している可能性があります。IT化の走りの頃から、同じ課題に何度もチャレンジしてきた経験が、無意識に抵抗勢力化してしまっていることもあります。
 AIやIoTなどの新たなテクノロジーを身近に感じることで、挑戦へのモチベーションを高めてもらうことも必要でしょう。
 プロジェクトにとって最大の敵は、与えられ感や受け身の意識です。参加メンバーがこのチャレンジによって、自分たちの仕事や自分たちの顧客である組合員のくらしがどう変化するのか、夢や期待感、展望を持って参加できることも重要です。
 わたしは、そのことを「ワクワク感」と呼んで、「こんなことが実現できたらワクワクするね。」という意識を参加メンバーにも持ってもらうことを心がけています。

■ 成功のカギは…

 プロジェクトは、それなりの時間がかかるものです。特に事務局となるメンバーは、負担も大きくなりますので、ある程度の時期に専任化し、できれば、トップ直轄の改革セクションとして独立させることも考慮すべきです。
 また、DXに限らず、改革にヒトとカネは不可欠です。せっかくでき上がった改革プランに投資を惜しむようなことがないようにするのもトップの役割だと思っていただきたい。それが、DX成功のカギであると思います。

2019年11月1日金曜日

アフターデジタル 生協はまだ…[連載第50回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年10月1日号掲載

 オムニチャネルが喧伝されてから、すでに数年になります。一時の話題性のあるキーワードという味方もありましたが、ネットとリアルとの比率が変化する中で、その位置づけや、めざすべきところが大きく変わってきています。もはや、デジタルは新しいものから、当たり前のものになってしまっています。その現在地点から、近い将来を見据えた概念が「アフターデジタル」です。


■ オムニチャネルの変化
 以前、このコラムで、生協におけるオムニチャネルとは、一般の小売り事業者のネットとリアルの関係や、いわゆるO2O(Online to Offline)と呼ばれるネットからリアル店舗への送客とは異なり、生協独特の業態である宅配と店舗との、ネットを活用した相互送客であると説明しました。
 大きく考え方が変化したわけではありませんが、この1年ほどで、オムニチャネルは話題の中心から去り、O2Oは、もはや古語か死後のように扱われ始めています。
 生協でも宅配のEC比率が高まり、ウィークリー以外の配送サービスや、商品供給以外の各種サービスの展開、取り扱う品目の多様化などもすすんでいます。
 ただ、店舗とのオムニチャネルについては、まだまだかもしれません。

■ オンラインとオフラインの融合
 今、最もトレンディーなワードは、OMO(Online Merges Offline)、すなわち、オンラインとオフラインの融合です。
 toがMergesへ変化しただけと思われるかもしれませんが、この違いは大きいです。かつてのtoは、あくまでリアル店舗が主体であって、ネットは送客する側という従の立場でした。
 この数年で世の中は大きく変化しました。もはや販売の中心はネットであり、ネットが従ではなく、主になってしまった業種・業界が増えています。かつてカタログ通販大手と呼ばれた企業で、現在もその地位を維持できているところはいくつあるでしょうか。すでにその地位は、アマゾンやその他のネット通販に凌駕されてしまっています。
 とはいえ、ネットのシェアがリアルを上回ったという現状においても、ここまでの道筋は、これまでも何度かお伝えしたとおりで、多くの経営層は、道なりの変化でしかないと認識されるのではないかと思います。
 しかし、今回お伝えしなくてはならないのはネットの比重が高まってきたことによって、生協の顧客である組合員が求めているものが変化しつつあるという事実です。
 それは、CX(Customer Experience)と呼ばれる顧客体験の変化と熟成です。

■ 変化する顧客の体験と意識
 初期のネット販売は、カタログ通販の注文の形態が紙からネット上のツールへと変化したものでした。それ以外の点においては従来からの通販と何ら変わるところはありませんでした。
 ところが、昨今において、顧客に個別に対応したサイトやこれまでの買物に基づく提案、当日や翌日配送歯元より、ネットで注文してリアル店舗で半時間以内に受け取れるサービスなど、考え得るあらゆるサービスを通じて、顧客に利便性を実感させることができています。これがCX改革なのです。
 顧客は、望むときに望むサービスが提供される、買物が負担に感じられない、生活に必要な時間を、自分の満足のために充てられる、こうしたことを希求しています。
 そして、このCX改革を具現化するためには、あらゆる点においてOMOが実現できている必要があります。

  ■ リアルを包含したデジタル社会とは
 ネットを中心とした買物や、リアルでもモバイル決済の浸透などにより、あらゆる買物行動や個人の嗜好がデータ化され可視化されている世界をデジタル世界と呼び、リアル世界が、もはやデジタル世界なしでは成り立たない状態をアフターデジタルと呼んでいます。
 もはや、社会全体としてアフターデジタルが中心となりつつあるなかで、生協はどうでしょうか。
 生協の役職員は、組合員という顧客と日常的に、リアルに接しているために、その変化に気づきにくいのかもしれません。生協が変わらない状態では、組合員も生協との関わりを従来から変えることはできないのです。これまで通り、宅配を利用し、店舗を利用してくれてはいます。
 しかし、その一方で、外部の様々なOMO型のサービスに接していく中で、組合員のほうがデジタル社会のCXに目覚めてしまうことは想像に難くありません。
 顧客が変化している事実をしっかり見据えていく時期に至っているように思えます。

2019年10月1日火曜日

移動スーパーに勝機はあるか?(2)[連載第49回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年9月1日号掲載

 MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)という言葉をトヨタなどが提唱しています。
  同社は、自分たちはもはや自動車メーカーではなく、移動に関わるあらゆるサービスを提供する会社に変貌することをめざしているといいます。
  MaaSとは何をもたらそうとしているのか、それが、小売業にどのように関わってくるのかを俯瞰し、前回の移動スーパーという業態のあり方を考えてみます。

■ 配車もパーソナライズ
 先日、米、配車サービスのUberが配車コマースのCARGOと提携するという報道がありました。配車コマースというのは、タクシーやUberのような移動手段である車の中に、コーヒーやお菓子などの商品を入れたボックスを設置しておき、購入した代金を運送代金と同時に決済し、手数料をドライバーに還元するというものです。
 トヨタ自動車は、Uberの、さらにその先を見据えていて、空港までの配車を予約したひとには、旅行グッズなどを品揃えしたコンビニエンスカーを手配するといった構想もあるようです。
 日本の場合、まだまだ規制が厳しいこともあって、なかなかスタートの緒にもついていない状況ですが、すでにアメリカなどでは自動運転が普及する時代を見越しながら、新しいサービスや業態が次々と登場してきています。

■ 自動運転が実現すると
 自動運転が普及した社会において、運転という行為がなかったら、ひとは何をするでしょうか。
 例えば、スーパーに向かう車内で車載端末やスマホから欲しい商品を注文し、代金決済まで済ませます。
 到着したら、手ざわりや鮮度といった画面で確認できなかったものだけをチェックし、あとは持ち帰るだけ、という買物スタイルも考えられます。
 列車や飛行機のように公共空間ではない自動車内だからこそ、期待されるサービスかもしれません。
 自動車業界のトレンドは、接続(Connected)、自動運転(Autonomous)、共有(Shared)、電気化(Electric)の頭文字をとってCASEと呼ばれています。

■ MaaS時代の小売業
 例えば、小売業に関連したCASEのコンセプトイメージは、次のようなものです。
 食料品からファッションまで、様々なカテゴリーの商品を車両ごとに品揃えしたワンボックスやマイクロバスサイズの自動運転の電気自動車が、デジタルサイネージを兼ねて街の中をゆっくり巡回しています。
 顧客からの呼び出しで玄関先にまで到着するとそこで買物ができ、インターネットと接続された車載端末などで決済まで行われます。車内は基本的に無人で、AIやコールセンターがネット越しに質問やおすすめを行います。
 まさに、「店舗が顧客の元へやってくる」時代が到来するというイメージです。
 小売りに限らず、美容院、携帯ショップ、病院、行政窓口といったサービスも移動ショップになってくるでしょう。

■ 新たなチャネルとしての移動店舗
 もちろん、すべての店舗がそうなるわけではありません。都心型の人口集中地域や郊外の大型ショッピングモールがなくなることはありません。
 しかし、よりパーソナライズされたセレクトショップや同じようなサービス提供についていえば、ECの次の手段として移動店舗というチャネルが増えてくるのではないでしょうか。
 もちろん、現在の移動スーパーが求められている買い物難民対策という側面もますます重要となります。
 事業コストという観点からは、将来的に自動運転も視野に入れる必要があります。その場合、無人ということばかりでなく、運転を伴わないことから、高齢人材の活用も可能です。

■ 新たな事業チャネルとして
 また、なによりも安定した事業のための収入確保という面からは、現時点でできうる対策があります。
 まず、予約注文のシステム化です。コールセンターやECによる事前予約は手段として確保しつつ、移動店舗の担当者に口頭やメモで依頼される予約を効率よくデジタル化することが必要です。
 担当者が予約を負担と感じないことで、顧客もより気軽に予約をできるようになり、購入金額の増加が見込めます。
 あわせて、利用者と利用内容をデータ化することも必要です。もちろん、ここでもタブレット型のスマートレジなどを導入し、1日百人未満の利用者をタッチで管理することなどで担当者の負担を減らします。
 予約のメモは、担当者がその場でタブレットに話しかけ、音声認識でデータ化します。
 ITの側面支援によって、担当者の個人力量に左右されない安定した売上増加が見込めれば、パートタイマーによる半日コースを組み合わせるなど、さらなる事業コストの削減により事業展開のハードルは下がるものと思われます。
 ぜひ、新たな事業チャネルとして、さらなる将来を見据えて移動販売を見直していただきたいものです。

2019年9月1日日曜日

移動スーパーに勝機はあるか?(1)[連載第48回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年8月1日号掲載

 オイシックス・ラ・大地がM&Aして以降の移動スーパー「とくし丸」の勢いは止まるところを知りません。
 業務提携したスーパーも百社近く、稼働する車両台数も3百台を超えています。独自に移動販売を展開している生協も増加しつつあり、もはや、新たな流通チャネルと位置づけるべき時期に来ているのかもしれません。
 移動スーパーが単なる買い物難民対策に終わるのか、事業としての展望がどこまであるかを2回にわたって考えてみます。

■ 直営に不向きな収益モデル

 とくし丸が公表している事業モデルによると、日販9万円、週6日稼働で216~270万円の月商となります。30%の荒利益率として75~80万円程度の荒利益です。
 この中から、配送車両の償却費、人件費、店舗側の取り分などを勘案すると、個人事業主が30万円程度の月収を稼ぎ、店舗側も諸経費分として直販の半分ほどの荒利益が入るというビジネスモデルです。
 ところが、このサービスを企業などが直営で運営すると考えた場合、正規社員ではないとしても、社会保険などを含めたフルタイム人件費として成り立つ金額ではありません。
 もともと、高齢社会や地方における過疎化などを要因とする700万人といわれる買い物難民に対する支援として、社会貢献的要素が強いビジネスモデルです。
 いくつかの生協でも取り組みを進めていますが、一部の例外を除き、いずれも採算に見合う事業ということではないようです。

■ ネットスーパーのジレンマ
 一方、同様に、店舗を持たない業態という意味でのネットスーパーもなかなか広がりきらないジレンマを抱えています。単純に考えれば、移動スーパーよりも単純で、単に店舗にある商品を、ネットから注文を受けてピック(商品の集品)してお届けするだけなのです。
 ところが、ここにスーパーマーケットのからくりがあるのです。何かというと、商品をピックするという作業は、通常、お客さんが自身で行ない、レジまで持ってきてくれて決済、自宅まで持ち帰ってくれるのです。
ネットスーパーでは、注文を受ける仕組み、商品をピックする作業、チェックアウト作業、お届けする作業、すべてが店側に付加されてしまいます。
 セルフサービスという客側の力を借りることで、大量一括販売を実現し、その結果としての低価格を実現してきたスーパーの、セルフサービスでないという、ある意味において真逆を行っているのがネットスーパーです。
 こう考えると、生協の週一宅配がどれほど合理化と効率化によって収益を確保しているかがおわかりいただけると思います。

■ 買い物難民対策で終わるか
 とくし丸が公表しているデータや、イノベーション系のメディアやTV番組の報じている情報から見ると、このビジネスは、冒頭の数値データだけでは計りきれないものを持っているようにも思えます。
 メディアの報じ方でも、ひとり暮らしの高齢者や老人介護施設などを巡回して重宝されたり感謝されたりしている社会貢献部分が強調されていますが、プラスアルファの取り組みと言うべき点が垣間見えてきています。
当日の品揃えは、訪問する高齢者の顔を思い浮かべながら、好みの商品を多めに積載するとか、次回巡回時の予約を受けたり、母店となるスーパーで扱っていないものをロードサイドの家電量販店で買いそろえて届けたりと、人間味あふれたふれあいのビジネスのように伝えられています。
 しかし、これは見方を変えれば、今、ネット上で最先端のECサイトなどが展開しようとしているワンツーワンマーケティングのめざすところであり、極めて高度なオンデマンドセールスであるようにも思えます。
 こういった手法の原点は、いわゆる町の個人商店、八百屋や雑貨店が当たり前に実現していた、ひととのふれあいをベースとした商売です。
 現状の移動スーパーも個人事業主というオーナーが限られた個人顧客を相手にしているわけですから、場所が固定されていないだけで、かつての個人商店の手法が生きてくるのかもしれません。
 ただ、それである限り、事業としてはオーナー個人の努力や力量に依存する部分が多く、新たな流通チャネルとなるような規模の創出には至らないでしょう。
本当にそうなのでしょうか。
 ここまでは、多少ネガティブな情報をもとにしてお話ししましたが、近未来を見据えて、移動スーパー、移動販売がどのように変化する可能性を持っているかについて、次回、お話しします。
 キーワードは、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)です。(つづく)

2019年8月1日木曜日

ネット注文、前年比120%の罠[連載第47回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年7月1日号掲載


■ 好調なネット注文?

 様々な要因はあるにせよ、我が国の経済状況は、いつの時代にもある将来的な不安定さは持ちながらも、それなりに安定的な推移を見せています。
 生協の事業についても、数年前までの増収増益という好況ではないまでも、多くの生協で、底堅いと云っていい業績を残しています。
 その中にあっても、宅配を中心としたネット受注の利用人数は、前年度と比べて、少なくとも105%、生協によっては120%という高伸長を見せています。
 これは、ネット注文の周知や浸透を図る広報活動、注文機能の設計の軸足をパソコンからスマホへシフトさせてきたこと、また、「お気に入り」や「いつでも注文」といった便利な注文手段を充実させ、個人別のレコメンド型注文がようやく浸透してきたなど、これまでの努力が一定成果を上げているように思えます。

■ そこに隠された真実

 ここまで生協のネット注文を持ち上げはしましたが、この評価に大きな罠があることに気づかれたでしょうか。
 それは、実績の対象を利用人数に限定したことです。
 たしかに、利用人数においては高伸長となっています。しかし、これを供給高で前年比較すると、一気に一桁程度の伸長となってしまいます。
 もちろん、一桁であっても伸長としてはかなりのものですが、利用人数が20%も伸長している点からすると異常に低いとも云えます。
 まず、利用人数の伸長の理由が、生協の努力だけではなく、生協の宅配のコアな利用年代層である50~60歳代へのスマホの浸透がこの数年で一気に増加したことによるものが一因として考えられます。
 ところが、それに比例して利用金額が堅調であれば、ネット供給高も同様の伸長になるはずです。
 そうなっていない原因としては、ひとつには生協のネット注文の利便性に惹かれての利用ではなく、スマホ保有という新しいツールを手にしたことでの物珍しさも手伝っての注文方法の変更であることが想像できます。
 また、これまでの若年層であっても、パソコンよりスマホ利用者の方の利用点数が少なくなるという傾向がありました。これは生協の注文サイトの作りが、まだ本当の意味でモバイルファーストになり得ていないためであると分析されています。
 このため、初期には1回あたりの利用金額が、紙の注文書を含めた宅配全体の平均より高かったネット注文でしたが、ここ最近は平均を下回るようになりました。
 それでも、これまで生協を利用してこなかった層、特に若年層を新規に取り込むためにネット注文は必須、ということでしたが、すでに生協の宅配を利用している、しかも、コアな利用者が、単に注文方法を紙からネットへのシフトしただけであり、なおかつ、利用単価がそれによって減少するということになると、本末転倒と云われ兼ねない状況となります。

■ いくつもある打開策

 では、どうすればこの状況から脱却できるのでしょうか。
 それにはまず、増加しているネット利用者の構成に注目する必要があります。新規利用者の獲得に向けた施策がはまっているのか、世間一般のネット利用やスマホの利用の伸長による既存利用者のシフトかを把握することが第一歩です。
 新規利用者の増加が低調な場合は、不断の広報戦略が必要です。
 もちろん、宅配にお利便性に興味を持って加入された新規組合員を、そのままネット注文に誘導できる仕掛けは必須です。
 既存組合員のネット利用者についても、とるべき施策はあります。
 まずは慣れないスマホからでも、これまでの紙の注文書以上に注文をしてもらう対策です。
 すでに、紙の注文書でも、「お気に入り」登録された商品や過去注文商品の印刷の色を変えるなどは当たり前になっています。
 ネット注文は、そうしたレコメンド系には一日の長があります。急ぎの時には、「お気に入り」と過去利用商品からだけ選ばせることでの注文忘れを防止し、浮いた時間で、おすすめ商品にも目を向けてもらうことでのもう1品を確保できます。
 スマホ利用者を意識した注文方法の展開もポイントになります。全国的にも、スマホとWebカタログの組み合わせが予想外な効果を上げています。
 ネット注文への誘導効果の高い、Web限定企画や数量限定企画は、そのまま、宅配事業の供給の「真水」となるものですから、この分野に注力をすることで、1回の利用単価を平均より高い水準に維持している生協もあります。
 道なりの利用者増加だけに目を奪われることなく、ネット注文が、次世代の宅配事業の中核になるためにも、的確な業績評価と対策が不可欠だと思われます。

2019年7月1日月曜日

いまこそ急務! 生協のデジタルシフト(2)[連載第46回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年6月1日号掲載

 前回は、社会全体を取り巻く労働環境の厳しさを前面に出してみました。今回は、さらに生協を取り巻く状況に警鐘を鳴らします。この国や生協に明るい未来はあるのでしょうか。そのためにいま、大きく舵を切らなければならない段階にあるのではないかということをお話しします。

■ 生協こそがレガシーな組織

 前回は、社会全体としての動向でしたが、ひるがえって生協はどうでしょうか。
 言わずもがなですが、さらに厳しい状況にあります。
 生協は近年まで都道府県を活動エリアとする生協法に縛られて広域化や共同化はあくまで事業連合という単位でしかなしえませんでした。
 ようやく都府県を越えての合併が始まっていますが、広域化や巨大化といった規模によるメリットの恩恵には浴してきませんでした。
 もちろん、地域に根ざしたという生協本来の成り立ちについて疑念を差し挟むつもりはありません。
 あくまでビジネスモデルとしてのメリット・デメリットとお考えください。
 例えば、ITシステムをとっても、ほぼ同じようなビジネスモデルでありながら、組織や法人が異なるためにそれぞれが別々に開発するということが長い年月にわたって続いてきました。
 これまでも共同化の取り組みがいくつも起案され、あるものは頓挫し、あるものは成功してきました。それでもECにおけるCWSシステムのような成功例は数少ないといわざるを得ません。

■ 成功モデルゆえに遅れた改革

 生協の宅配(個配・共同購入)のビジネスモデルも、長年にわたって、組合員から支持され、生協最大の事業を支えてきた素晴らしいモデルです。
 しかし、それゆえに、モデル全体の大きな変更もなく、長い期間にわたって小規模なメンテナンスだけで命脈を保ってきたシステムが多く見受けられます。
 そのため、生協のIT部門の要員は、同じ仕組みを連綿と受け継ぎ、保守管理することを最大使命として、まさしく、新しい技術や知識を磨くことに割く時間的な余裕もなかったのです。
 まさしく、「2025年の崖」に最も強く影響されるのは生協なのかもしれないのです。
 とはいえ、いまならまだ若干の時間が残されています。
 メールやSNSなどで膨大になったコミュニケーション情報には、AIを投入して重要度の選別や内容の要約、自動返信などでの合理化が始まっています。
 メールさえ送っておけば仕事をした気分になるようでは、もはや淘汰される時代になるでしょう。
 レガシーな部門が持つビジネスルールなどには、決済EDI、人事評価にAIを投入する等の動きが強まっています。
 一番のレガシー資産であるITシステムについても、既存システム基盤をプログラミングなしで移行できるローコード開発などの手法も、実用局面を迎えつつあります。

■ デジタル人材の育成こそ急務

 IT活用によるビジネスモデルの構造改革が希求される中で、結局のところ、それを実現できるのは、ビジネスの中身を充分に理解する一方で、ITやデジタル技術についての造詣も深い、いわゆるデジタル人材ということになります。
 残念なことに、生協の中ではこうしたデジタル人材がまだまだ充分には育ってきていないのです。
 向こう5年ほどの時間軸の中で、デジタル人材を育成し、ビジネスモデルをデジタルシフトさせるために、いま何をしなければならないのか。それは、組織体制自体のデジタルシフトしかありません。
 デジタルシフトとは、経営のリソースである、人・物・金、すべてに関わる仕組みや情報の流れを極限まで人間作業を排除し、高度な意思決定のみを残した事業形態のことをいいます。
 業務の先端から末端までを見通し、どこに非効率な部分があるか、さらに効率化することができないかという視点をすべてのメンバーが意識すること。そして、経営層や上位者は、その対策への関わりを最大限に評価し、組織全体での取り組みへと昇華させる。こうしたデジタル人材の育成と活用以外に、生協におけるデジタルシフトの実現は難しいでしょう。

2019年6月1日土曜日

いまこそ急務! 生協のデジタルシフト(1)[連載第45回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年6月1日号掲載

 昨年10月のこの記事の中で、「働き方改革」と「デジタルシフト」を取り上げました。平成から令和に時代が代わろうとする節目に、かつて経験したことのない10連休。正月以外、休むことのなかった生協の宅配を1週間休みにする生協も登場する中。いま一度、同じテーマを取り上げてみます。


■ 精神主義で乗り切れない現状

 背景にあるのは、高齢(化)社会に伴う労働人口の圧倒的な不足です。ただ、それは、昨今の事情であって、それ以前から日本の労働環境における生産性の低さが遠因になっていたことがあります。
 技術革新によって、労働現場での生産性は急速に向上しました。それによって、ホワイトカラー業務やサービス業に多くの人員が流れたこともあって、一時的な人余り現象が発生した時期があります。
 2000年代初頭の景気低迷期、空白の時代においては人員を整理することはあっても生産性を向上させるという方向性はありませんでした。
 当時、OA化という現在のIT化の走りのようなブームがありましたが、電話のメモまでワープロで打ったり、パワーポイントの資料の美しさを競う風潮など、今となっては笑い話のような時代もありました。
 バブル期を謳歌した団塊世代が就労世代から引退し、労働人口が激減した中で、景気の回復とともにホワイトカラーの生産性向上が重要課題となり、サービス業、特に高齢者を受け入れる介護業界では、もはや外国人に頼るしかない状況に追い込まれています。
 かつて、生産性を維持するために、日本特有の精神主義的な企業体質で乗り切ってきた企業が、過労死などの社会現象を惹起するに至りました。ことここに至って、ようやく社会も働き方を変えていくという必然性に気がつき始めたようです。

■ したくてもできないIT化

 企業の生産性を向上させる方策として、最も有効なものは、言うまでもなくIT化でしょう。早い話が、人間がやるべき業務を自動化するというもので、最も合理的、効率的な対策です。
 しかし、ここにも大きな問題が立ちはだかります。ITベンダーの要員不足によるIT化コストの高騰です。お金で片がつけばまだしも、依頼しても2年待ち3年待ちというケースもあるようです。
 もちろん、外部に任せきりというわけにはいきません。頼りにすべき社内のIT部門が、疲弊しきっています。
 昨年、経産省、文科省、総務省、厚労省などがまとめた報告書で、最もインパクトのある表現が、「2025年の崖」です。ITベンダーに限らず、企業内IT部門も、旧来からのIT資産の維持管理に終われ、新しい知識や技術を吸収する余裕もなく、技術やノウハウの伝承もままならないまま、あと5年ほどで、ベテランIT要員が定年を迎え始める。これが、「2025年の崖」なのです。

■ 時代に取り残されるレガシー組織

 いまから20年前と比較して、企業の業務内容は大きく変化しています。製造現場では、ロボットの導入はもはや当たり前となっていますし、昨今はIoTなど、さらに高度な熟練の技までをITが肩代わりしてくれています。
 ところが、ホワイトカラーの生産性はどうでしょうか。
 郵便の時代からすると、コミュニケーション密度はメールやSNS、チャットツールの活用で飛躍的に濃くなっています。ところが、その反動で、情報の波に流されてしまうという声も多く、管理職などは半日をメールやツールの処理に費やしているという調査もあります。
 また、企業間の契約や決済という取引の世界や、採用、人事といったHR(ヒューマンリレーションズ)でも、まだまだデジタル化はすべてではないようで、経理部門や人事、総務部門といったレガシーな組織に人員を割かれるという状況は大きくは様変わりしていません。
 そういった中で、生協はさらに厳しい環境に置かれていることが明らかになってきています。(つづく)

2019年5月1日水曜日

生協にデータサイエンティストは存在するか?[連載第44回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年4月1日号掲載

 POSデータ分析という言葉は、もはや死語に近いといわれたりします。売り上げ時点だけでなく、顧客の生活環境から嗜好までを察知し、行動予測までを行うAIの登場はそう遠くないでしょう。だがそれは、家電の新製品の発売を待つように、単に座して待っていていいものなのでしょうか?

■ 手が届く最新情報技術

 最近では、様々なセンサー技術や画像解析の技術の進歩によって、ひと昔前までであれば大変な手間と費用をかけなければならなかった店舗内の客導線なども比較的容易に収集できるようになりました。
 こうした技術のひとつの結実が無人店舗の実現だったりするわけです。
 そこまで一気に行かなくても、現状の店舗における来店客の行動の可視化は、単に店内にとどまることなく、他店との競合状況や使い分け、買い回りといった店舗外での行動分析も可能になっているのが昨今です。
 Web上では、さらに精緻な情報の収集が可能で、個人の嗜好や生活スタイル、果ては行動予測までも分析できる環境が整いつつあります。
 しかし、そうした最先端の情報分析技術が、実際にそれを必要としている企業や組織の手の届くところにある訳ではありません。
 たしかに、実現できる技術的裏付けはあります。情報を収集するシステムや集計する仕組みも比較的入手しやすいコストに落ち着きつつあります。
 また、Web上で検索すれば、情報分析サービスを提供する会社はすぐにいくつも見つけることができるはずです。
 すでに、いくつかの生協で情報分析ツールやサービスを導入しているという話を聞いています。
 しかし、喉から手が出るほど欲しがっていた情報が入手できる状況にありながら、それによって大幅に売り上げを改善したとか、利益が上がったという事例がほとんど聞こえてきていないのはなぜなのでしょうか。

■ 定型的な分析の限界

 例えば、いずれの生協でも商品の売れ行きや販売傾向を分析するのに、購入者の年代などを当てはめたグラフなどが報告書を飾ってはいると思いますが、その分析が直ちに商品企画の軌道修正に反映されることはないでしょう。
 ひとつの商品、ひとつのサブカテゴリーを対象に、販売手法やチャネルがカタログかWebかといった、多種多様な要素を加味しながら今後の動向を予測するというのは、もはや人力の域を超えているのは明らかです。
 分析すべき要素の数や収集されるデータのボリュームは、もはやビッグデータであり、本当の意味で解析や予測にはAIなどの力を借りなければ対応できない状況です。
 おそらく、実際に日々の業務の中でデータの洪水に押し流されつつある人たちにはわかりきったことなのかもしれません。

■ AI時代に対応できる人材

 それでは、ビッグデータを蓄積するシステムとAIを導入することで、解決する問題かといいますと、それは正しくはありません。
 たしかに、AIを使ったシステムやサービスが少しずつ登場し始めています。では、そういったサービスが、お金を出して買ってきてすぐに使えるかというとそういうものではありません。
 AIというのは、深層学習という仕組みを使って大量のデータから学習をすることで人間を超える判断力や予測力を獲得するものです。
 世の中のいろいろな場面で同じような判断が行われるものであれば、どこかのAIを持ってくることができるかもしれません。
 しかし、生協の宅配事業のように、地域性や独特のビジネスルール、サービスであるものは、なかなか外部からの移植などで対応できるものではありません。
 AI化が進む中で、おそらく最後まで取り残される事業分野になる可能性が高いものです。
 そうならないためには、まずは、生協の宅配事業における様々な情報を収集する仕組みを準備し、蓄積する努力を続け、さらに、多様な視点での分析や試行を専門に行う人材を早期に育成する必要があります。
 データサイエンティストと呼ばれるこうした人材を、確保しておくことこそ、生協の事業がAIの活用時代においても遅れをとらないための方策だと思います。


2019年4月1日月曜日

生協はスマートホームのハブとなれるか?[連載第43回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年3月1日号掲載

 スマートスピーカーのCMの中では、呼びかけるだけで暮らしの中の様々な困りごとを解決してくれる夢のような世界が展開されています。この世界は、もうすぐそこにまでやってきています。ただ、そういったサービスは、誰かが提供してくれないと現実にはならないものなのです。

■ 中核機能はクラウド上に

 3月といえば、年度替わり、卒業、入学と様々な面で節目となる季節です。
 この春は、世間を賑わす賃貸住宅会社の不祥事や景気回復に伴う人手不足もあり、引っ越し業者の確保がままならないことから、人事異動の時期を変更せざるを得ないという企業もあるようです。
 ともあれ、新居への引っ越しや新生活ともなると、一度は夢みたいものがスマートホームではないでしょうか。
 牽引役のひとつであるアマゾンがスマートスピーカーのアレクサを使って、スマートホームのイメージ拡散を図っていることから、徐々にですが関心が高まりつつあるようです。
 もっとも、このスマートスピーカーが持っている機能はそれほど多いわけではなく、インターネットとの接続を基盤として、スピーカーとマイクを入出力としているのみで、それ自体は特に処理機能を持っているわけではありません。
 人間との応答や処理を行っているのはクラウド上にあるアレクサというプログラムだからです。

■ 機器を結びつける「ハブ」

 スマートホームの主要な機能は、人間との対話をベースとして、様々な家電製品のコントロールとネットとのやりとりです。残念ながら、スマートスピーカーには、一部を除いて家電コントロール機能はありません。
 あれはあくまでスマートホームの実現イメージなのです。
 実際にスマートホームを実現するためには、さらにいろいろな機器とそれをコントロールするアレクサのようなプログラムを結びつける機能が必要になります。それをハブと呼びます。
 昨年の時点では、スマートホームのハブとなる製品は数えるほどでしたし、ハブと接続できる家電製品なども多くはありませんでした。
 今年に入って、家電見本市のCES等で相次いで製品の発表があり、一気にスマートホーム市場が花開いた感があります。
 家電情報機器大手のソニーが発表したスマートハブは、AIホームゲートウェイという製品で、ネットとの通信や、家庭内の各種機器をネットやセンサーと繋げることができます。なによりも、アマゾンアレクサの機能を持っていて、簡単にスマートホーム機能が実現できます。
 こうして、スマートホームが少しずつ活用できる環境が整ってきたとき、次に考えて行かなくてはならないのが、その活用の中身です。

■ サービスとしてのスマートホーム

 パソコンがワープロや計算の道具から一気に変貌を遂げたのがインターネットでした。インターネットの世界にある無限のコンテンツと出会ったことで、わたしたちの暮らしになくてはならない道具となったのです。
 スマートホームも最初は、家電製品をコントロールしたり、パソコンやスマホを操作しなくても様々な情報を提供してくれる便利な道具として認知されるでしょう。
 しかし、それだけでは単なる道具の範疇を越えるものではありません。
 やはり、わたしたちの暮らしに関わる様々な手間や不便を解消したり肩代わりしてくれたりする存在でなくては本当の意味はないと思います。
 暮らしの中で、大きな負担でもある買物も、ネットで注文できるようになりましたが、注文を決めるのは人間です。その人間に代わって在庫や嗜好を意識した注文ができるようになることが求められてきます。
 いまはできることでも、将来、高齢化したときに同じことができない人たちも増えてきます。
 スマートホームという機能やシステムではなく、そうした暮らしの中の困りごとまで含めて、便利に解決する、それがサービスとしてのスマートホームの究極の姿であるように思えます。
 そのハブとなりうるのは、アマゾンのような情報デンバーでしょうか、ソニーのような家電メーカーでしょうか、それとも生協なのでしょうか。


2019年3月1日金曜日

いま、「ものづくり白書」が熱い![連載第42回]


 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年2月1日号掲載

 「ものづくり白書」といえば、製造業の現状分析や政策提言と思われがちです。ところが、いま、この白書にサービス業や流通業からも熱い視線が注がれています。「いまこそ変革の時!」をサブタイトルとし、「経営者必読!」とまで謳った内容に注目してみました。


 「白書」というと、お役所が作成するもので、無味乾燥な役人言葉が羅列されているだけのものという印象が否めません。昨今は、統計処理の不手際もあり、お役所の公表物への信頼感にやや陰りが出ているのも実情です。
 一方で、国全体の政策立案や運営に大きく関わっていることも確かですので、自治体や業界団体などからは注目をされてきたものでもあります。
 そうした中で、いま、ひとつの白書が注目を集めています。それが、「ものづくり白書2018」です。
 正式には、「ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告」という堅苦しい名前で作成は経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省が共同執筆し、その名の通り、日本の工業を支える製造業の現状と今後について取り上げたものです。
 バブル崩壊以降の空白の20年、景気後退やアジアシフトによる空洞化など、厳しい状況が続いてきたわが国の製造業を、もういちどよみがえらそうという政府や業界の強い思いを受けて若手官僚を中心にまとめられたそうです。
 この数年、政府が国内商工業の活性化に強い意志を示し、特に新興国の後塵を拝していた製造業については、ITを中心にした「メイド・イン・ジャパン、ものづくり大国・日本」の再興をめざしてきています。

■ 求められる人材の質的変化

 国の方針を受けて作成される白書には、これまでの成果を誇る傾向があるのですが、今回の「ものづくり白書」は、どちらかといえば、真正面から現状への危機感をあおっています。
 まず、冒頭に、すべての経営者に4つの危機感を訴え、意識改革を求めています。
 第1に、企業内の人材不足について取り上げ、これまでの量的不足だけでなく、質的な不足、すなわち、ロボティクスやAIの登場で、労働の内容が大きく変化していくことでの人材に必要なスキルの変化、特に、デジタルシフトが叫ばれている今日、デジタル人材の不足を警告しています。
 注意しなくてはならないのは、ここでいうデジタル人材とは、コンピュータやパソコンなどに強いエンジニアだけを指すのではなく、それらを含め、デジタル思考、システム思考のできる人材という意味です。

■ 従来の「強み」が足かせに

 次に取り上げたのが、企業が経営の柱とする「強み」です。経営において、自社の強みは最大限活用すべきポイントです。
 ところが、時代や環境の変化を見誤り、「強み」と考えていたものにすがるあまり、変革のタイミングを失ってしまうことに警鐘を鳴らしています。
 このことは、生協においても、かつて苦い経験をしてきたことに通じます。組合員との長年の信頼関係によって築かれてきた、「安心・安全」という最大の強みが、ひとつの事件によってもろくも崩れ去ってしまったことです。
 イメージとしての「強み」に依拠しすぎたり、安住したりしてしまうことで、生協を取り巻く環境や組合員の意識の変化を見誤ることがないようにしなくてはいけません。

■ 大変革期を認識していない

 ここ数年は景気も上向きといわれている中で、それを支えているひとつにデジタル化やIT化の成果があります。ところが、経営層の一部には、これをかつてのITブーム、ITバブルと同列視して、積極的な対応をためらっていると白書では評しています。
 経済社会のデジタルシフトはもはや揺るがない事実であり、この大変革期に乗り遅れることは企業においては存続にすら影響するということでしょう。

■ 経営層主導による変革を

 白書では、最後の危機として、これまでの自前主義、自分たちの中で課題を解決しようという考え方、提案を待って決断するというボトムアップ型の経営姿勢を限界としています。
 業界横並びを重視したり、自社が最初にチャレンジすることを避けたりする意識は日本的といえる姿勢かもしれません。
 また、ボトムアップ型というのはある意味、経営層の責任を回避しているという意見もあります。
 もちろん、白書では現場力というものを高く評価していますが、あくまで、デジタル時代のデータに裏付けられ、システム思考やデジタル人材によって作り上げられる現場力であり、それを主導するのはあくまで経営層であるとも定義づけています。
 さて、ここまでご覧いただいて、この「ものづくり白書」が、製造業だけに向けられたものとお考えでしょうか。
 本編はなかなかのボリュームですので、概要版だけでもご覧いただければと思っています。


2019年2月1日金曜日

2019年を展望する -AIが人間の経験知を超える年に!-[連載第41回]

 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2019年1月1日号掲載

 今年、2019年は様々な意味でこれまでの変化の一つの到達点を迎える年になると思われます。
 すでにインターネットがWeb上だけのものではなくなり、AIやIoTといった新しい形でわれわれのごく身近なところにまで進出してきていることはご承知の通りです。
 これまで、言葉でしか知ることができなかったAIやIoTが実際に製品やツールとして直接体験することができるようになったのも2018年でした。
今年は、これらの技術やツールがますます生活の中、ビジネスの中に深く関わってきます。
 温度センサー程度のものであれば、これまでの製品にも搭載されていました。ただ、センサーの値とインターネット上の様々な情報を組み合わせてより高度な判断をする製品が増えてきています。
 また、様々なセンサーによって集められた大量のデータをコンピュータープログラムが分析し判断し適切な結果を人間に提供してくれるようになったのです。
 2018年の大きな変化の一つがいわゆるAIスピーカーと呼ばれるものの普及でした。コンピュータと人間とのコミュニケーションをキーボードやマウスといった手を使うツールではなく、声で様々な操作や情報のやり取りができることは極めて画期的なことでした。
 AIスピーカーを実現した技術の最たるものは音声認識技術です。
 人間が普通に話す言葉をかなりの精度で理解することができるようになっています。
 実を言うと今回のこの原稿は音声入力を使って執筆しています。
 まだまだ誤変換があったり、キーボードで整形したりしなくてはなりませんが、それでも草稿はほとんど手を使うことなく声だけで作り上げることができています。
これも人間の発声や抑揚そして文章の中に出てくる単語の前後の関連性や妥当性などをコンピュータが分析し、正しい文章として変換しています。
 今年はこうした技術が、さらに統合化され複合化されて、より人間の生活の中に浸透してくるのは間違いありません。
 暮らしの中では、AIスピーカーによる家電のコントロールは当たり前になってくるでしょう。例えば、「おはよう」という言葉だけで、朝起きてからリビングに座るまでの間に、人間が一連の動作として行う、カーテンを開けたり、暖房を入れたり、明かりをつけたりというルーティーンを自動的に動作させることもできます。
 例えば人間が欲しがりそうな商品をAIスピーカー介しておすすめし、代わりに注文することも可能になります。
 また、こうした技術はどんどんビジネスの分野にも進出していきます。
 まだ人間に代わって手を動かしたりするロボットの存在は製造現場とかある程度定型化されるような作業にしか適用できません。
 それ以外に人間が知恵や経験をもとに判断をし、コミュニケーションしている分野については、AIやAIスピーカーなどに取って代わられる時期に来ているのかもしれません。
 コールセンター業務の一部が、すでにチャットボットといわれるAIで応答するプログラムによって肩代わりされている事例は数多くあります。
 これをさらに拡張して、営業の現場でAIを活用できる可能性は決して低くありません。
 人間は営業先を指示し、あるいは、訪問してとりあえずAIが営業できる状況を作り出すところまで。あとはAIが様々な情報を駆使して、プレゼンテーションや営業活動を行うというスタイルも決してないわけではありません。
 店舗の店頭で、人間の代わりにAIを搭載したテレビモニターなどが通りかかるお客さんに対して商品をおすすめするという場面は容易に想像できます。
 今までであれば同じ動画を繰り返し流すだけだったかもしれませんが、これからは通り過ぎるお客さんの年齢や性別、場合によっては顔認証などを使ってその人の過去の購買履歴などを参考にしたアプローチができるようになります。
 店頭のモニター画面からvTuber(擬人化したキャラクター)が、「○○さん!この商品がお勧めですよ!」とお客さんに呼びかける、そういった光景が見られるのも今年ではないかと思っています。
 AIが主役になってくると、これから人間はどう対応していけばいいのか、ということが論じられることが多くなります。2019年は,ますますそういった場面が多くなることでしょう。
 そこで、忘れてはいけないことは、どこまで高度になったとしても、AIは人間がプログラムし、大量にデータ化された経験や事実を解析して答えを導き出すことしかできないということです。
 新しい物事を発想し、創造していくことは、現時点ではまだまだ人間の専売特許なのです。


2019年1月1日火曜日

「働き方改革」、「経営改革」の切り札、ダッシュボード[連載第40回]


 生協のインターネット事業-新たな挑戦の時 
コープソリューション2018年12月1日号掲載

 いまや、冷蔵庫などの家電製品ですら、ドアを見れば庫内の温度や冷却のパワーなどが一望できます。目に見えない機械内部の状況を一望できるようにした機能、この名前の由来が、いにしえの馬車の泥よけだった?世界中の人が、コーヒーの残り具合を気にしていたコーヒーポットが存在した?まるで、テレビのクイズ番組のような話題から、働き改革やIT経営の話へとつながっていきます。


 いまから25年ほど前に、世界で一番有名なコーヒーポットがあったことをご存じでしょうか。
 イギリスのケンブリッジ大学で、研究室のコーヒーポットにコーヒーが入ったことを確認してから飲みに行くため、Webカメラを設置してインターネット越しに誰でもが見られるようにしたというものです。
 当時これぞインターネットと、世界中からアクセスが殺到したそうで、筆者もそのひとりでした。
 わざわざ、その場所に出向かなくても、状況を確認することができる「可視化」、「見える化」。コーヒーポットから25年、この考え方は、製造業だけでなく、あらゆる分野のIoTの根幹に当たり、作業の合理化や効率化の端緒として大きな広がりを見せています。
 ひとつの例として、自動車の黎明期を考えてみましょう。最初の自動車は馬車からエンジンへと動力源が変わったものでした。馬車であれば「馬」という生き物の健康状態を長年の経験を積んだ馬丁や馭者と呼ばれる専門職がすべてを掌握していました。ところが自動車のエンジンに精通した人はそうはいません。自動車が普及するためには、ある程度の訓練を受けた程度のひとでも使いこなせる必要がありました。
 そこで、エンジンの温度や回転数を表示する計器、燃料の残量計、走行スピード計、走行距離計などが次々と生み出され、エンジンルームと運転席を隔てる仕切り板に取りつけて自動車の状況をひとめで確認できる計器板としました。
 これがダッシュボードで、馬車の時代に馬が跳ね上げる泥や砂礫から御者を保護し、加速(ダッシュ)の際に脚を踏ん張ることもあったことに由来するそうです。
 こうして、経験則でしか運用できなかった馬車から、情報を読み取ることで状況を把握できる自動車へと道具が移り変わったのは、馬力やコストもさることながら、可視化、見える化が重要なファクターのひとつだったからではないかと思います。
同じような考え方で、様々な機械や装置でも計測機器を並べたダッシュボードが登場してきました。家庭用電気製品の洗濯機や電子レンジでも、捜査と状況表示を兼ねたボタンや液晶表示があるのが当たり前になっていますが、いずれも、このダッシュボードの一種です。
 情報を一ヶ所に集約するダッシュボードの考え方は、道具や機械が精密化し高度化する中で、外からではうかがい知れないブラックボックス化させないための知恵だったわけです。
 様々な情報が発信され集約され判断される経営の世界でも、ダッシュボードの必要性は古くから唱えられてきていました。
 ただ、経営における情報を集約したダッシュボードは、長くは報告書といった紙の資料で、即時性やリアルタイム性はなかなか実現できなかったものです。
 ところが、昨今は、様々な経営管理ツールでも、ダッシュボードをあらかじめ搭載しているものが増えています。
 一時期もてはやされたERP(Enterprise Resources Planning)システムも多くは基幹系の情報システムを意味することが多く、経営層に対して直接、リアルタイムやジャストタイムで経営判断のための情報を提供するものではありません。
 一方で、Web系のツールではパソコンやスマホでかんたんにダッシュボードを見ることができるものが増えてきています。経営層は、執務室であれ外出際であれ、常に経営判断ができる環境にいることができるわけです。
これも広い意味で、経営の「見える化」、「可視化」であり、IoTやIT経営の第一歩といえるものです。
 働き方改革が叫ばれる中、現場で何が問題となっているのか、業績向上の障害は何なのか、組織のあらゆる役割や階層の中で、最も求められているのが、それらを明らかにするダッシュボードなのです。
 いま、あなたの経営的、事業的、業務上の判断に寄与するダッシュボードはどこにあるのでしょうか?